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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1354号 判決 1968年6月20日

控訴人 新潟相互銀行

理由

訴外会社が控訴人から控訴人主張の三通の手形の割引を受けたことは当事者に争がなく、《証拠》によれば右手形の割引は控訴銀行東京支店と訴外会社間に昭和四一年六月八日締結された控訴人主張の相互銀行取引契約に基づくものであることが認められる。

控訴人は訴外会社が右相互銀行取引契約に基づく手形取引により控訴人に対し負担する債務につき被控訴人は連帯保証したと主張し、被控訴人はこれを争うので判断する。

《証拠》を総合すると次の通り認められる。

被控訴人は訴外松浦元博、同宮崎猛の両名に懇請されて共に訴外会社の取締役となり、かつ被控訴人は代表取締役に選ばれて昭和四一年二月一〇日その就任の登記手続を行なつた。しかし被控訴人は幾許もたたない同年四月一日代表取締役と取締役を辞任することを申出で松浦、宮崎両名の承諾をえたので、その頃から事実上は訴外会社との関係がなくなり出社することもなかつた。しかし辞任の登記手続は同年八月一二日まで放置され、その間の訴外会社の業務は代表取締役町田正人名義で実際は松浦と宮崎の両名が行つていた。

右期間中に相当する同年六月八日前記の通り控訴銀行東京支店と訴外会社間において控訴人主張の相互銀行取引契約が結ばれたのであるが、この契約については訴外会社代表取締役町田正人名義で約定書(甲第一号証、第五号証の一)が作成されているが、実際の契約は訴外会社常務取締役の右松浦が訴外会社を代表して控訴銀行との間で締結されたものであつた。そしてこの契約締結に際し控訴銀行より訴外会社の役員である被控訴人、松浦、宮崎三名が個人保証をすることを求められたので松浦、宮崎の両名はそれぞれ約定書(甲第一号書)に連帯保証人として署名捺印したが、被控訴人の保証については既に辞任している被控訴人がこれを承諾する筈がないと予測されたため松浦、宮崎両名は相談の上被控訴人には無断で擅に右約定書の連帯保証人欄に被控訴人の住所、職業、氏名を記入し、名下に予めこのことあるを予測して持参していた被控訴人が代表取締役在職中に事務処理用に訴外会社が作成し被控訴人の辞任後も会社に残存していた被控訴人名義の有合印を押捺してこれを控訴人に差入れた。控訴人は各自の印影を調査したところいずれも届出済の実印ではなかつたので印鑑証明書を添付し、実印を押捺した契約書に書改めることを指示し右甲第一号証と同様の条項を記載した約定書の用紙を松浦らに交付した。そこで松浦、宮崎両名は被控訴人に事情を告げてこれに捺印方を懇請したけれども予想の通り被控訴人は既に役員を辞任しているから連帯保証はできないと応じなかつたので松浦、宮崎両名は相談の上右約定書用紙に代表取締役町田正人の記名と松浦、宮崎各自の署名をしその名下に各実印を押捺し、被控訴人の分については前同様擅に被控訴人の住所、職業、氏名のみを記入して取引約定書(甲第五号証の一)を作成し、被控訴人は旅行中で捺印ができないと称してこれを控訴人に差入れた。その後控訴人から被控訴人の捺印を催促されると松浦、宮崎らは被控訴人は未だ帰らない等と弁疏し当面を糊塗しそのまま今日に至つた。

前示宮崎の本人尋問の結果中右認定に反し被控訴人から事後承認を受けたかの如き供述部分は爾余の前記証拠に照らし採用し難く、他に認定を左右するに足る証拠はない。

してみれば前記各取引約定書(甲第一号証、第五号証の一)中の被控訴人の記名捺印はいずれも松浦、宮崎の両名が被控訴人の承諾を得ることなく擅にしたものであつて、控訴人と被控訴人の間には控訴人主張のような保証契約は成立していないと認めるのが相当である。

控訴人は、同一人である被控訴人が代表取締役としては本件銀行取引契約の締結を他人に委任しながら個人としては委任したことがないと主張するのは経験則上許されないというけれども、そのような経験則は肯認し難いのみならず右認定の事実によれば被控訴人は訴外会社の代表取締役としてもまた個人としても本件銀行取引契約の締結を松浦、宮崎らに委任した事実はないと認められるから、控訴人の右主張は理由がない。更に控訴人は、松浦、宮崎両名が被控訴人を代理して本件銀行取引契約を締結したことにつき被控訴人は民法第一〇九条、第一一〇条によりその責に任ずべきであると主張するが、《証拠》によると前記各約定書(甲第一号証、第五号証の一)中の「マツダ建設株式会社代表取締役町田正人」というゴム印およびその名下の印はいずれも訴外会社内に在つたものを松浦または宮崎が使用押印したものであり、また前記認定の通り甲第一号証の約定書中の被控訴人個人名下の印も偶々訴外会社に残置していたものを松浦が被控訴人に無断で使用押印したものであつて、被控訴人がこれらの印を特に松浦、宮崎らに預けたものと認むべき証拠はない。したがつて松浦、宮崎らがこれらの印を使用したことから被控訴人が松浦、宮崎両名に本件連帯保証契約締結の代理権を与えたことを控訴人に対し表示したものということはできないし、右印章使用の事実に前記認定の右各約定書が控訴人に差入れられた経緯を総合しても、控訴人において松浦、宮崎両名に被控訴人個人を代理して本件銀行取引契約を締結できる権限があると信ずべき正当事由があつたものとは到底認め難い。他に控訴人主張の代理権付与の表示ないし正当事由の存在を認むべき資料はないから控訴人のこの点の主張も採用できない。

しからば控訴人の被控訴人に対する本件請求は失当であるから、これを棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

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